You know? 湯野浜 湯野浜の由来と歴史

You know? 湯野浜

浜辺から望む鳥海山

庄内・湯野浜の特色

当時の湯野浜湯野浜温泉は庄内平野・鶴岡市の西部、日本海に面した海浜の温泉郷です。

もとの名は“亀の湯”と称され、天喜年間(1053~58年)に付近の一漁夫が海辺で温浴している亀を見て、この地に温泉が広まったという故事に由来します。そして奥州三楽郷の一つとされ、上ノ山、東山と並ぶの歓楽地として栄えました。
 
 

当時の湯野浜14万石の城下町・鶴岡の市街地までは車で約25分とアクセスも至便で、文化財や史跡など見どころも充実しています。
汐の温泉と山海の味覚でもてなす宿や、マリンスポーツも楽しめる美しい白浜が広がる湯野浜は、日本海トップランクのリゾート地として、五感の全てを満たす多くの魅力にあふれたエリアです。

 

 

 

亀が見つけた温泉

昔むかし、美しい海がみえる浜があった。

ある朝漁師が仕事を終えて浜を歩いていると、そこには傷を負って弱った一頭の大亀が浜の砂にお腹をつけていた。「何をしているのだろう?」漁師は不思議に思い、大亀が海へ去った後おそる恐るそこの砂に手を入れてみると…、「おっ!あたたかい。これはお湯じゃ。」と気付き驚いた。

次の日も、また次の日も同じことを繰り返し、そして日増しに元気になって行く大亀。そして7日目には傷が治ったのか、まるで喜ぶように海へ帰って行った。

「そうか、元気になってよかった良かった…。」と漁師は喜び、その晩大好きなお酒をのんで眠りにつくと、夢の中に一人の老人が現れ、こう言い残して行った。「わしは、この美しい海におる亀じゃ。浜のお湯で命を救われ、傷が治ったのじゃ。このお湯を世に広めよ。」と…。

漁師はさっそくお湯を人々に広めたところ多くの人を救い、そして癒されたみんなに大層喜ばれた。

 

そんな逸話の残るここ湯野浜温泉は、数百年の時を経た今も変わらず、

訪れる人々に癒しと喜びをもたらしながら、亀が見つけた温泉として愛され続けているのです。

 

日本海に沈む夕陽

 

湯野浜でサーフィンを楽しむ

記念碑

日本最古・波乗りのルーツ

江戸時代(1821年)、酒田の俳人が湯野浜でつけた湯治の日記の中に、「瀬のし」と呼ばれる一枚板で波乗りが行われた様子を綴った記録があります。

「この辺りの12、3歳位の子供たちが10人ばかり、手に手に舟の板を持って、荒波の中へ飛び込んで沖へと乗り出して行く。(以下略)」。これが波乗りについて記録された日本最古の文献です。

その後1900年になると若者たちは、板を使わず体だけで波に乗る「所謂湯野浜流波乗り」を極め、その美しさと豪快さは日本一と言われました。そして1960年の秋には、サーフィン発祥の地メモリアルカップが開催されました。
「瀬のし」は、湯野浜温泉に受け継がれてきた、ボディーボーディングのルーツ。日本で最初のサーフィンは、ここ湯野浜海岸から始まりました。

 

ノスタルジア 「庄内交通 湯野浜線」

かかつて鶴岡駅から湯野浜結び、庄内交通・湯野浜線が地元の人々や行楽客の思いを乗せて、2~3輌編成で走り続けていました。(全長12.2km、開業昭和4年、昭和50年廃止)

今ではその面影も所々にわずかに残るばかりですが、湯野浜温泉から善寶寺まで整備されたサイクリングロードは湯野浜線の線路跡地です。初夏には沿道に植えられた八重桜が晩春には鮮やかに花を結び、地元の人々の心を和ませています。

温泉街から足を伸ばし散策道で遠くへ耳を澄ませば、もしや小さな列車の音が聞こえてくるかもしれません。

■外部リンク「遠い記憶の彼方から

庄内交通・湯野浜線の懐かしい画像などが紹介されています。

日本海に沈む夕陽